Via Sbrinz (19) Walserと呼ばれる人々

Via Sbrinz、イタリアまであと一歩の所まで来ましたが、今どこにいるのか確認してみましょう。

灰色がWallis州、東端の赤色がGoms。 Obergoms.chより地図をお借りしました。

http://www.obergoms.ch/service/lage-anreise/

より上記の地図をお借りしました。スイスの南端の灰色で色付けした州がWallis/Valaisで、この州の東端部分が赤で着色されたGomsです。中央付近、Luzernの右にある湖の南の沿岸にあるStansstadから南へ南へ、Grimsepassを通ってGomsに入りました。

Ticino州のBosco Gurin。Walserの木の黒い家と白い石の家が混在してます。Ticino州で唯一のドイツ語を話す村。

Wallis(ドイツ語(独)表記ヴァリス)/Vallais(フランス語(仏)表記ヴァレー)州はおおよそ東半分ではドイツ語が、西半分でフランス語が話されています。ドイツ語圏地域はOberwallis(独 オーベーヴァリス)/Haut Vallais(仏 オーヴァレ)と呼ばれ、されにOberwallisの中のこの一帯はGoms(独 ゴムス)/Vallais de Conches(仏 ヴァレードゥコンシュ)です。ホント、ドイツ語とフランス語がまじってうるさくてすみません。

Bosco Gurin 標高1500m 周囲の地名は全てイタリア語系

スイスでは、例えば駅名などで / で二つの単語らしきものが並べて書かれていたら、そこでは二つ(以上)の言語が話されていて、二つの言語での地名が併記されているということです。「地名」が言語によって異なるというのは結構ビックリですよね・・・ちなみに二言語で併記してくれているのは駅名くらいです。Wallis州でもどこでも、道路標示や案内板などは、そこで優勢な一つの言語でしか書かれていません。スイスには四つの公用語が存在しますが、表示は一部地域を除いて一言語のみが普通です。例外地域は、ロマンシュ語が話されているグラウビュンデンの限られた一部とベルン州にあるBiel/Bienneくらいだと思います。Biel/Bienneについてはいつか場を変えてお話しします。

これぞ、Gomsの木の家!

さてスイスで話されるのはスイスドイツ語といって、ドイツ語教室で習うドイツ語とはかなり異なる方言なのですが、Gomsで話されているのはこれまた部外者には相当聞き取りにくい方言なのだそうです。

5月だけど雪がたんまり残ってました。場所によっては昔の木の家が固まってありました。開拓者が最初に入った所かな?

GomsまたはObergomsの住民は、今から1000年前にHaslital地方(InnertkirchenからGrimselpass辺り)からObergomsの地にやってきたと思われます。まさに、私たちが歩いたVia Sbrinzを経由してですね!ところが12世紀末から14世紀末にかけて、この人たちの一部は南や東側の山を越えて隣の谷へ移っていきました。理由ははっきりしないらしく、人口が増えすぎたのか、気候変動などで食料が乏しくなったのか?

ここがBosco/Gurinの博物館Museumです。

移住することで、彼らはWallisの人、WallisernからWalsernと名を変えましたが彼らの話す言葉が彼らのアイデンティティとなり現在までWalserとして独自性を保っています。移住先では「移住者の権利、Walser法」を元に自治コミュニティーを形成しました。13世紀にはVia Sbrinzの次の目的地、現在はイタリアのPomatt (Val di Formazza) への移り住み、また一部の人はそこから東のBosco Gurinへと移動しました。ここは現在のTicino(ティチーノ)州、スイスで唯一イタリア語のみを公用語としている州ですが、Bosco GurinはTicino州でドイツ語を話す唯一の自治体です。

大変な思いをして開拓して働いた、の写真。

http://walserhaus.ch/

はBosco Gurinにある博物館のサイト。Bosco GurinのWalser文化について。

https://www.wir-walser.ch/die-walser よりWalserの移り住んだ場所。7番がBosco/Gurin。薄黄色がGoms

https://www.wir-walser.ch/die-walser

よりGomsからWalserが移り住んだ先の地図をお借りしました。Walserの移住先はGomsからすぐ南の現在のイタリア北部に当たる地域だけでなく、現在のリヒテンシュタインやオーストリアなどに及んでいます。

http://www.walser-alps.eu/

上記サイトでもWalserの文化などについて載ってますが、ドイツ語のみの記述も多いです。

Bosco / Gurinの麓のCevioはぐっと下がって標高418m。この辺りの家は石、石、石で出来てます。灰色の石積み上げたのと、白い壁のと。周囲にはGrottoという岩屋の跡が沢山あります。ホントに沢山。

赤色部分がスイスでイタリア語が話されるTicino(ティチーノ)州。

http://www.valais-terroir.ch/en/

さてスイスではジャガイモとベーコンとチーズしか食べるものが無いとお嘆きの方、Valais/ Wallis州の一部には山の幸(地元産や狩りで仕留めた肉とか)と野の幸を使った食道楽の人たちがいます。繰り返します。この地の人々は、超頑固で、自分の住んでる所に強い誇りを持っている人たちです。そういう地元食材を愛する人達が経営しているレストランです。そして忘れちゃならない、Valais州はスイスで最もワインの生産量が多い地域でレストランの蔵には彼らが厳選した膨大な量のワインが眠っています・・・

なお、Bosco GurinのBoscoとGurinの間は本来はそれぞれが地名のイタリア語とドイツ語の表記だろうから/を入れるべきでしょうが、ハイフン(ー)が入ったり空欄だったり、色々でした。今では二つ合わせて一つの地名ととらえられてる感じがします。

写真は2014年5月

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