Kerenzerberg Römerweg(3)Flizbach

ロングトレイル

地図の左手から来ている、チューリッヒとChur(クール)を結ぶ鉄道と高速道路が、Filzbachの手前でトンネルに入ります。ちなみに高速道路A3のうち、片側の一車線はすぐにトンネルを出て湖畔を走ります。

Flizbachの町に入ります。

Filzbach、そしてこの先のObstalden、Muhlehornの3つの村は地名がケルト語由来だそうです。この先、東にはロマンシュ語圏・Raetian民族のグラウビュンデン州があり、この辺りがRaetianとケルトの民族境界線になっているとも言われています。

中央に見えるのは、

学校!しかも現役。

紀元前15~16年にかけて、アルプス地方はローマ軍のアルプス遠征に遭いローマ化が進みました。Walen湖周辺には、Terzen(3)、Quarten(4)Quinten(5)、といったラテン語起源の数字の地名が見られます。

今、歩いている「Römerweg ローマ街道」はローマ時代からの馬道、荷車道です。

19世紀半ばに、車道Kerenzerbergstrasseが開かれるまでは、チューリッヒ湖からWalen湖、グラウビュンデンのChurへの重要路でした。Churからはユリア峠Septimer峠Splügen峠へと続き、南へ、ローマへと続く一部でもありました。そこまで遠くへ行かなくても、周辺の住民にとって、19世紀まではNiederurnenの中学校への通学路でもあり、度重なるオーストリア勢力、18世紀末のフランス軍はこの道を通って侵攻してきました。

Walen湖の奥にはギザギザの線で特徴的なChurfirsten山脈。山脈の反対側、北側にあるToggenburgからは良く眺めたものです。

中央辺り、山頂から白い縦線は滝Seerenbachfälle。スイスで3番目の高さのある滝。

Obstaldenの町が見えてきました。

Obstaldenに教会が出来たのは14世紀になってからのことで、それまではこの周辺地域の住民はSchänisの教会まで歩いて行っていました。SchänisってWeesenよりもっと西、遠い!

Obstaldenのこの教会も、Fahrtがあったこの日は赤と黒の縦長のGlarusの旗を飾っていました。

ObstaldenからゴールのMuhlehornまではKerenzerberg Römerwegをたどると1時間。この時かなり疲れていた私は「45分」との表示が出ていた、Obstaldenから湖へ下りて湖畔を進む道を選び、

湖沿いの高速道路を眺めながらMuhlehornへと歩きました(ちょっとトホホ)。20世紀、チューリッヒとグラウビュンデンのChurの間にはKerenzerbergの丘の下を通る長いトンネルを伴う直線的な高速道路が開通しました。トンネルは丘に点在する多くの町の下を通っていますが、高速道路のうちの一車線は湖畔を通っています。

Muhlehornに着きました。Mollisを出発してから、休憩を含み5時間、なかなかに長いです。ObstaldenからRomenwegを続けるともう少しかかります。道は全般的に歩き易いですが、この時期の北側斜面の日陰には雪が残っていたり、雪解け水でぬかるんだ箇所もあります。

ついでですが、湖周辺にはSeeblick(湖が見える)の名を冠したホテルが多数あります。例えばSeeblick Hotel○○、と○○で区別しているのですが、うっかり頭のSeeblickとだけ憶えていると、複数出てきて焦ります。

写真と歩行は2026年4月上旬

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