Val Müstairとその周辺 (3) Glurns / Glorenza

画面左端から道路が山間をやや右下方向に、Sta Mariaで右上に方向を変え、国境を越えてBorzano県に入りMalsへ。MalsからEtsch/Adige川沿いを右下向かって鉄道

不思議な雰囲気の町Glurns。Sta Mariaから郵便バスは山間を走り、終点のMalsの手前で開けた地に出ます。

Malsの手前にあるのがGlurns//Glorenza(ドイツ語/イタリア語)。MalsとGlurnsは3本の谷が出会う小さいながらも平野にあり、3方向への道が交差する場所。

前回のMeranに行く途中、バスに乗っていた多くの観光客らしき人がGlurnsで一気に降りました。バスはGlurnsの入り口から城壁内を通り抜け、なんだか不思議な雰囲気の町だわ、と気になってMeranからの帰りに寄ってみました。

町を囲む城壁が完全な形で残ってます。3つの門(塔)を擁し、そのうちの一つではGlurns出身の画家Paul Flora(2009年没)の常設展示。

城壁の回廊

回廊からの眺め。

現在の町の人口は900人。南チロルで一番小さい町、とあるけどこれは面積のことかしら。ローマ帝国時代、北イタリアのポー平野とドイツ南部バイエルンを結ぶアルプス越えの道Via Claudia Augusta上にあり、当時の遺跡も発掘されています。

最初に町の名が文書に登場するのは1163年。スイスのChurの司教に対抗してチロルのMeinhard侯が1290年に市を出す許可を与え、中世後期には貿易中継基地として栄えた町です。Glurnsに移住すれば10年は税金免除!町は通行税で潤います。

市で取引されたのはワイン、金属類、スパイス、果物でしたが最も重要だったのが。当時の商人たちが使えた公共の水車が残っています。

その後チロルはハプスブルク家の手に落ち、戦争があったり他の交易路の方が人気となるなどして段々と廃れ、市民は農業に転向していきましたとさ。

16世紀からの外観を保つ通りも多いそうです。ドイツ語を母語とする住民が96%、イタリア語が4%。ほとんどイタリア化されてない、とも言えましょう。

夏のオンシーズンは違う雰囲気なんでしょうが、5月に訪れた際は静かでひっそりとしてました。町の中ほどにあったレストランは町が栄華を誇っていたころの誇りを感じさせる重厚さで、といってもコーヒー(アルコール入り)を飲んだだけなんですが。

なぜアルコール入りコーヒーを頼んだかというと、通された間の片隅のバーテンダーコーナー?にずらっとアルコール類と美しいグラスが並んでいたからなのです。

Sta Maria Val Mustairからバスで28分、Mustairからなら20分。バス停名はGlurns/Glorenza, Tauferer Tor。ただしGlurnsからスイスへ戻るバスの最終が18時台なので夕飯をここで食べてるとバスがなくなります。それで飲み物だけにしたのですが次回はここに泊まりたい。

Glurnsに関する公式観光サイト:http://www.glurns.eu/en/informazioni/index/1-0.html

南チロルの観光サイト内のGlurnsの部分

https://www.suedtirol.info/en/regions/val-venosta-vinschgau/glorenza-glurns

Vinschgauの谷の観光サイト内

https://www.vinschgau.net/en/upper-venosta-valley/culture-arts/places-of-interest/museums/10511518-glorenza-the-little-medieval-town-in-south-tyrol.html#detail

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