Via Gottardo本ルートの続きです。Oltenまで歩いた一か月後に続きの部分。Olten駅のホーム下の連絡通路からStad(街)方向、駅の西側に出ると川沿いです。
コースは最初は川のこちら側、木製の屋根付き橋(その向こうは旧市街)を越え、次の橋を渡って反対側へ。
左下に見える川と鉄道(写真では車を搭載した貨車)と平行に、ちょっと高くなってるところを歩きます。川&鉄道の向こう側は建物がぎっしり、こちら側の丘は緑。今歩いてる道より一段高いところにも平行にハイキング道があり、こちらを歩くと崖沿いの眺めが楽しめるようです。
OltenからAarburg、さらには本日の終着地Zofingenにかけては市街地がつながっています。OftringenとZofingenの間には高速道路(Autobahn-地図上では薄茶色の太線)A1(スイス最南西のジュネーブから最北東サンクトガレンまでベルンやチューリッヒなどを経由してつなぐ高速道路で1960年から建設が始まった)とバーゼルからキアッソまで南北をつなぐA2が交差する交通の要所です。ハイキングコースはこれら市街地を迂回するように郊外の道を歩きます。Olten駅から1時間半ほどで、前回も出てきたAarburgです。Oltenからの川沿い、ハイキング道があった側はなだらかな丘でしたが(それでもハイキング道の上方には崖)、川の反対側はかなり切り立った崖。Aarburgの教会とその後ろに伸びる城は岩山の上。
橋を渡ってAarburgの町(この辺りからAargau州に入ります)の入り口。教会建物はかなりの高所にあります。町を入ってすぐ右に、教会までのエレベーターがあります。教会には用がなくてもこれを利用してしまうのも手です。
川幅は結構あります。昔の交通の要である川が「く」の字に曲がってる箇所にそびえたつ岩山にある城。要塞です。城のすぐ脇をどんどん上っていきます。
さて、上の写真はAarburg Brücke、橋を渡ってAarburgの町の入り口にある方向表示板です。これが、ものすごくわかりにくい!7年前もここで???となり、今回もこれって絶対変!と確信。書いてある地名は合ってるけど分かりにくい。まず、Oltenから7番の道を通ってここまで来た場合、7番の表示と同じ方向を向いてる、Höfliとあるの板の方向から来ました。ここにOltenの地名がないのは変。そして、7番の道をZofingen方向に続けるには、もう一枚の7番の表示板、壁に沿って左へ向かう、Sälischlössli、(を経由して)Oltenの表示のある板方向に進みます。ここでZofingenの地名がどこにもないのはちょっと問題だと思います。
前回歩いたように、鉄道トンネルの上を渡り、森の中に入っていきます。Wartburgの城跡に続く道への分岐を過ぎ(新旧の城跡に寄るのもいいですね)、森、畑地、牧草地が交互に現れる中を歩きます
高速道路と鉄道を越し、しばらくすると街が見えてきます。
Zofingenは新石器時代から人が住んでいましたが、ローマ帝国時代の兵営地Vindonissa(現Windisch)への食糧供給地として大きく発展しました。
12世紀の終わりから13世紀の初めにかけて、たびたび名前が出ているFrohburg家はJura山地とAar川の通行路の安全を確立し、かつ監視するために一帯に8つの城(と町)を建設しました。Zofingenはその中で最も大きく、また旧市街内には古い建物がよく保存されています。今見られるのは17~18世紀初めに中世の建物がバロック様式に置き換わった時期の建物です。
Zofingenの旧市街の東にはローマ時代の浴場のモザイクが残されてます。次の行程でSurseeに向かう道すがらです。
https://aargautourismus.ch/erleben/museen-ausstellungen/roemische-mosaikboeden
Zofingen駅、鉄道ハブ(交差点)の座はOltenに譲りましたが、1852年にSCB(スイス中央鉄道)の駅として開業。
OltenからZofingenまで15㎞、4時間程度の道のり、とありましたが私はほとんど休憩せずに5時間かかりました。
歩行、写真は2012年5月前半