右上端にある大きな建物が国境を越えてすぐの所にある大型ショッピングセンタ。そこから橋を渡ってフランスへ。そこから何となく歩いて赤で囲った左上のSt-Louis。この地図はスイスのSuisseMobileのサイトからの地図なのでスイス内の交通機関しかマークがついてないですが、St-Louisから直通のバスがバーゼルまで出ています。
Dreiländbrücke、Passerelle des trois pays ,3国橋。全長238m。徒歩と自転車のみが通れる橋としては世界最長らしいです。
南側、バーゼル方向を見たところ。真ん中に突き出ている半島の先に前々回のDreiländereckがあるわけです。
この辺りが国境上になるのでしょうか?特に国境の印は無いけれど、
開通から10周年記念のパネルがありました。橋が完成したのが2006年、公式の開通は2007年の6月30日。
フランスのHuningueに上陸。今はその面影はありませんが、昔は漁を巡ってバーゼル側のKleinhuningenと争ったこともある漁業の町でもありました。
1618年に勃発した30年戦争で、ライン川を挟んだこの地域は破壊・飢饉・疫病で人口急減。1648年のウェストファリア条約でスイスは神聖ローマ帝国から完全独立し、アルザスはフランスに。ずっと後の18世紀末から19世紀初めにかけてのナポレオンの侵略でバーゼルを含むスイスはフランスの保護領となり、ナポレオン失脚後の1815年のウィーン会議で再独立。
橋を渡った先から川沿いをバーゼル方向に向けて、Dreiland-Wanderwegが続いています。この先スイスに入ってすぐのところにあるSt-Johannには最初にバーゼルの港がつくられ、現在は公園となっているそうです。しかし、何となくフランスを歩いてみたくなり、St-Louisに向かいました。
川沿いのHuningueの広場周辺には複数のレストラン。1815年のナポレオンの失脚後にはオーストリア軍がHuningueを包囲、10倍の軍勢に対し2か月間耐え抜くも降伏。
ルイ10世の命により1679年に建てられた城壁はこの時にほとんど崩壊。それまではHuningueは要塞都市だった!その後も第二次世界大戦までフランスとドイツの間で帰属が替えられてきたアルザス。
と、偉そうに書いてますが、私はここがアルザスだとは意識になくて、この建物の壁の木枠を見て、おぉ、アルザスっぽい!と思ったくらいで。
アルザスで有名なストラスブールはここからずっと北ですしね。ここ、フランスのものすごーく端っこの端です。
で、St-Louisの中心部を目指して歩いて行ったところ、どんどん住宅地&商業地になっていって(風景的にはそれほど美しくない)、雨が降り出したこともあり写真は無いです。地図見てお分かりのように、バーゼルから連続する工業とそれを取り巻く地帯です。バーゼルへのバスは頻繁に出ていて、多くの人が日常的に国境越えて働きに行ってるんだろうなあ。
写真は2025年4月下旬
Huningueの公式サイト:https://www.huningue.fr/
St-Louis観光協会:https://www.saintlouis-tourisme.fr/












