顔を覆うことを禁止する法案(2)

国民投票の前には判断の参考にするための解説小冊子が送られてきます。私は選挙権がないのでこれは知人の。A5サイズで今回は議題3つで計54ページ。

「顔を隠すことの禁止」を求めるinitiative(イニシアティブ、発議)についての要点。最初のページには背景、initiativeの内容、initiativeが否決された場合の代替案。

次のページには、賛成・反対側それぞれの主張が要約されてます。まずNon=Noの側。政府と議会はこのinitiativeにずっと反対していました。下の水色の棒グラフが上院・下院それぞれの票決で両院ともNonが多数。「顔を隠す人」は極少数で、全国的な禁止は州の権利を侵害し、観光に悪影響を与え、該当する女性の助けになるわけでもない。代替案として身分確認時には顔を見せることを義務とする。一方のOui=Yesはこのinitiativeの発案側の主張。こうしたinitiativeは政府が提案することもあるし、個人やグループが出すこともあります。

initiativeの背景:スイスでは何年にもわたり「顔を隠すことの禁止」が議論になっていますが政府と議会は全国レベルでの禁止発令には反対の立場をとっていました。公共の場を管轄するのは州なので全国一律にすると州の権利を侵害する、と。上の地図の濃い青、Ticino州が2013年に、St.Gallen州が2018年に州内での「顔隠し」の禁止を決めました(ちなみにTicino州では発令以来数件、St.Gallen州では未だ一度も違反者の摘発はなし)。一方、水色で示された15の州ではデモやスポーツ観戦などの際に顔を隠すことを禁止してます。フーリガン対策ですね。

2014年のサッカー国内リーグ決勝戦。双方のチームのサポーターはそれぞれ1時間の時間差でBernに到着する臨時列車でやってきて、駅から1時間以上かけてサッカー場まで歩いていくのだけど、途中いろいろやらかしてました

警察側もすごい人数だった。知らないで出くわして何事?とびっくり

実際スイスでもサッカーの試合によってはかなり激しい人たちがいるんですよ。一方のZurich、Schwyz、Glarusの各州では顔隠しの禁止=実質的な反ブルカ・ニカブ案を州内での投票で退けてきました。

Landsgemeinde(2018)住民が広場に集まって

挙手投票。この年の投票用紙(というのかな)は紫色

終わった後の会場。椅子席とそれを取り囲む立ち席

Glarusでは住民が直接参加するLandsgemeindeで2017年に否決した「顔隠し禁止法案」が今回の国民投票では賛成多数でした。Landsgemeindeでは単なるYesかNoかだけじゃなくその場で本当に「話し合う」のが影響したのかも

さて国民投票の前に送付される資料には赤い冊子の他に別紙もあり、そこには各Initiativeに対し、政党ごとの「態度」も載ってます。

1、顔を隠すのを禁止する法案 2、電子身分証の導入について 3、インドネシアとの自由貿易条約の締結 について、各党がOuiかNonか。スイスでは7人の閣僚で政府が構成されていて、この閣僚は右から左まで主要4政党から2・2・1・2人ずつ入ってます。政府は顔隠し禁止法案へ反対していますが、司法・警察担当大臣Karin Keller-Sutterの所属政党は法案に賛成のPLR。本心はどう思ってるのかは知らないけれどinitiativeを政府として否決に持ってくために、才女として知られる法務大臣はテレビやラジオでそれはそれは理路整然と並べたてて本気で説得にかかってました。そこは大したものだと思う。

賛成派の主張にあったのが、顔を隠すという行為は社会で共に生きる上での基本的態度に反し、スイス社会に溶け込もうとしていない。女性抑圧の象徴だ。女性に顔を隠すのを強制してはならない。コーランは女性が顔を見せるのを禁じていない。

今でも印象に残ってるのがこの光景。2019年6月の女性の権利ストライキの日。シンボルカラーの紫の布をまとったスリムの女性。彼女らは髪を覆うだけのヒジャブ?

反対派は、公共の場で顔を隠すことを禁止したら彼女たちが外に出て教育を受けたり社会参加をする機会が失われ、必ずしも女性の権利保障につながらない。イスラム教徒の移民を抑制するのが目的だとすると、そもそも今でもニカブ姿では「スイス社会に溶け込もうとしていない」の理由で滞在許可証が出ないし、スイス国籍取得もまず出来ないし、社会保険の給付も無い状態だ。

Initiativeが禁止対象とする公共の場所とは、通り、行政施設、公共交通機関、サッカー場、レストラン、店舗、自然の中も!です。例外として認められるのが宗教施設内。健康(医療用マスク)や安全上の必要性(オートバイのヘルメット)、地元の慣習(祭りの仮面など)、寒さ対策としての頭から首まで覆うCagouleという毛糸の帽子とマフラーが合体したようなのはOK。現在は認められている観光客が顔を覆うのが認められなくなるのと「伝統的な慣習」とは認められないスポーツチームのマスコット、例えばつば九郎やドアラのような顔全体をおおう扮装も禁止になります!マジか?

なおスイスの国民投票では2009年にミナレット(モスクの尖塔)の禁止法案が57.5%と顔隠しの51%よりずっと高い数字で可決されてます。

連邦政府発表

https://www.admin.ch/interdiction-dissimuler-visage

UDCの顔隠し禁止法案のinitiativeのサイト(賛成派)

https://interdiction-dissimuler-visage.ch/

Swissinfoによる記事(日本語)

https://www.swissinfo.ch/jpn/2021%E5%B9%B403%E6%9C%8807%E6%97%A5%E3%81%AE%E5%9B%BD%E6%B0%91%E6%8A%95%E7%A5%A8%E7%B5%90%E6%9E%9C/46412562

Human rightsによる顔隠し禁止法案への流れ

https://www.humanrights.ch/fr/pfi/initiatives-parlement/dissimulation-visage/chronologie/

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