いよいよ最後の13㎞。Bourg-St-Pierre(1632m)からイタリアとの境、Col du Grand St-Bernard(グラン・サン・ベルナール峠 2469m)まで歩きます。
町の外れにあるバス停から町中を通って南へ南へ。
町を通り抜けると峠まで、ほんの少しばかりを除き、ほぼ全行程地図上では破線、つまり舗装されていない土や草の道を歩きます!!!
この区間、私は2013年と去年の2023年、10年の間をおいて2回歩いています。2回とも7月前半。2013年は出発が12時過ぎなので出だしから青空。2023年は朝9時の出発でした。教会の右側に写っている、壁が灰色で雨戸が緑色の建物は、1800年5月20日にナポレオンとその一行(フランス軍兵士)がMartignyから同行したガイドを伴い泊まった建物。
この写真では左奥に写っている建物がそれ。壁のどこかにナポレオン滞在について記述したパネルがあるそうです。また共同水場の左端に、ナポレオンの黒の帽子の形とその下に説明板がりました。Grand-St-Bernard峠越えの一番古い記録は紀元前390年ガリア(現フランス)の王子が兵を率いてローマに向かった時のもの。峠の前の最後の町がここ。
Pont St CharlesはCharlemagne(シャルルマーニュ)帝にちなんで名づけられた町の出入り口にかかる橋。Charlemagne帝もまた峠を越えるのにこの町に泊まり、9世紀前半には帝の命によりこの町に修道院が建てられました。しかし1050年に峠にホスピスがつくられると、ここの修道院は衰退。
峠の前の戦略的重要拠点として、13世紀より町は要塞化。
町の南にChateau(城。城と言っても邸宅程度かも、だけど)のRuine(跡)の表示がありますね。
山肌の上の方に見える線は車道。雪崩避けの屋根がずーっと付いていて、そのままトンネルに入りますがそれはまだまだ先のこと。
2023年の7月は暑い夏でしたが、2013年は春がとても寒く天気が悪く、7月の気温がどうだったかは覚えてないけど雪解けや花の咲くのが遅かったです。
歩き始めて40分、見えてきたのはダムBarrage des Toulesの壁。町外れからダムまでは19世紀の道なのだそうです。前回Liddesの南にあった発電所はこのダム湖からの水を使っています。
もう少し先まで行って、こちらは2013年。同じ7月前半なのですが、山に残る雪の量が全然違います。
Saint-Bernard観光サイト:
https://www.saint-bernard.ch/en/
Notre Histoire(私たちの歴史)サイトからBourg-St-Pierreについて:https://notrehistoire.ch/entries/kV3Yy6RnB4o
Valais州の観光サイトから:https://www.valais.ch/en/destinations/pays-du-st-bernard/bourg-st-pierre/overview
Bourg-St-Pierreの観光サイト:
http://www.st-bernard.ch/Office/fr/Office_Bourg.html