映画の終わりに「スイス内でのカトリックとプロテスタントの戦いは、これを最後に大きなものは無かった。これはとても珍しいこと」との字幕が出ます。
この当時、独仏が同盟し、ハプスブルク家&ローマ教皇に対抗していました。スイスで新旧キリスト教の州間での争いが長引けば、連邦は分裂し、あっという間に周辺国に支配されていたでしょう。
他の州の宗教には介入しない、その他の事項も各州で決める。州ごとに何かと異なり、州の決まりが国の決まりに優先するというスイスの考え方はこの後も順守されていきます。コロナ対策で連邦政府が国全体に規制をかけているが、これは本当に例外的!あと国外のどちらか片方の陣営に属さないというのもあるかも。
周辺のドイツやフランスでは新旧キリスト教間の争いに国外勢力が介入してなんだか分からないうちに国内紛争が長期化し国はそれはそれは疲弊しました(現代の紛争地帯と事情は似てますね)。
神聖ローマ帝国、現在のドイツでの内戦は断続的に繰り返され、特に最後・最大の戦となった30年戦争が終結した1648年、ウェストファーレン条約でスイスの神聖ローマ帝国からの独立が正式に認められました。
フランスで迫害された新教徒ユグノーの一部は隣接するスイスに逃げ、料理や時計製造をはじめとする高度な技術をスイスにもたらしました。ジュネーブやNeuchatel州や以前お話ししましたBiel/Bienneなどのフランス国境沿いのスイスの町に時計産業が多く栄えているのはこのためです。
チューリッヒではZwingli亡き後、聖職者は政治にかかわらないことになり、後継者のHeinrich Bullingerが穏健に宗教改革を進めます。
一方ジュネーブではフランスから来たCalvin(カルヴァン)が1536年ころから教会と政治の両方の実権を握り、教会組織を改革。教会権力による市民活動の統治:神権政治を行います。