4月から新しく外国語を学び始めた方も多いかと思います。さてフランス語ではtuとvous、ドイツ語ではduとSie、それぞれ二人称の「あなた」に当たりますが、tuが親しい人(しかも単数)に対しての「貴方」、vousが敬意を含んだ「貴方」(単数・複数の両方)と説明されているのではないでしょうか?
フランス語ではお互いにvousを使って話すことをvouvoyer、tuで話すことをtutoyerと言います。NHKのラジオ講座、まいにちドイツ語では、親しくなった登場人物たちが必ず途中で「私たちこれからはSieではなくduで話さない?」と提案しあっています。
Tuとvousのどちらで語り掛けるかは、フランス語・ドイツ語を母国語とする人たちにとっても簡単には判断がつかない場合が沢山あります。また、昔と今でも変わってきています。ここでは2018年に私が体験したことをお話しします。
ちょっとだけ病院で働いたことがあるのですが、一番最初に責任者の大ボスに言われたのが「tutoyer(=お互いにtuで話す)でいいわよね?」でした。病院と言えば自他ともに認めるヒエラルキーの権化。医師間でも看護師間でも細かい細かい絶対のピラミッド構造。決して「同等」ではありえないけれど「職場内の仲間」との考え方で見習いと医者の間であってもtuで話していました。病院というのは制服で何の職種なのか一目でわかりますが、異なる職種間でもtuでした。
職種によっては一方的な「命令―服従」の関係もあり得ますがそれでもtu、全然知らない人にも病院の制服同士だったらtu。敬意とか地位とかは関係ないです。一方、患者さんの側からお願いされない限り、患者に対してはvousで話しましょうと言われました。偉い外科部長も患者に対してはvousで話してるはずです。患者から病院関係者側へもvous。これは医療機関側が患者さんと一定の距離を保つことにも役立つそうです。
一般企業の場合、現在は社長と新入社員間でもtutoyerだと言います。ただし、以前は年齢や役職による線引き=vouvoyerは存在していました。よって今の社長が若いころに味わった、「若者は年配者に対してvousで話すべき」の習慣を引きずってるなら若社員に対して自分にはvousで話すように求めることもあるかもしれない。しかし一般には両者がtuかvousの同じ敬称で話すべきで、偉い方が目下にtuで語りかけ、部下が上司にvousで話すということは無いようです。
講習会などでは講師の方から生徒たちに「授業の間はお互いにtutoyerしたいのですが、反対の方いますか?」と尋ねます。質疑応答の時の先生と生徒、生徒間の言葉遣いについてです。一回だけ、やる気のなさそうな一団から「嫌でーす」と反対されたことがありますが、大体は可決されます。
判断に迷うのが、パーティーなどで知らない人と話す時です。同じパーティー参加者を仲間とみなすのか?わからなかったらvousで話しておきましょう。相手があなたに興味を持ってくれたら、「いやいやtuで話しましょうよ」と提案してくるでしょう。Vousで話しかけたとしても「堅苦しくて困った人」とは思われません。
昔はもっとずっと、特に初対面の人に対してはvouvoyerの方が普通だったので、年配者にはまだまだvouvoyerを好む人が多いのだそうです。今は簡単にtutoyerし過ぎだ、との意見も根強くあります。初対面の特に年配者にはvousで話しておけば間違いはありません。
ヨーロッパ社会とひとくくりにするのは乱暴ですが、少なくともスイスにおいては年齢に対する敬意がものすごく希薄になってきているのを感じます。年功序列って何それ?みたいな。知らない人に話しかける際は相手が年下であっても、幼児はともかく、小学校高学年くらいからはvousで話しかけた方がいいと思います。ちなみに書いてる私は50代です。
また、これはとっても大事なことですが、店、レストランやホテルの従業員にはvousです。彼らは貴方に尽くす下僕ではなく、また同じ仲間でもないのです。文句を言う時も、怒っている時も、やはりvousです。一方、例えば同じクラブに属する人と喧嘩したい時は、「お前なんか仲間じゃない!」との気持ちを込めたかったらvousもアリじゃないでしょうか。
ヨーロッパ言語では、苗字ではなく名前で呼び合うことが多いです。職場で上司と部下も名前で呼び合います。これはtuの関係と同様、無礼講だとか日本より敬意が無いわけではありません。日本では30年来の親しい関係でも苗字で呼び合うこともあり、だからと言ってよそよそしいわけでもないですよね?
tutoyerとタメ口(ためぐち)は違います。テレビで「外国人」が話す映像に日本語をかぶせる時には何故かいつも馴れ馴れしいタメ口の喋り方で、これは「外国人は皆フランクでフレンドリー」を演出(脚色)したいのかもしれませんが、どこの国の人でも少なくとも初対面の相手にはそれなりの距離を持って話すのではないでしょうか。
また日本語の尊敬語や謙譲語に対応する文法は無いかもしれませんが、文全体で尊敬の気持ちを表す表現というのは大いにありますよ。