Näfelser Fahrtは例年4月の第一木曜日ですが、今年は復活祭(イースター)に先立つ聖金曜日が第一金曜日だったため、翌週第二木曜日に行われ、結果として、Nafelsの戦いがあった4月9日ぴったりに開催。
儀仗兵とブラスバンド、合唱団に続いて太鼓隊。Nafelsの戦いの死者を悼むものなので、行進時には重々しい太鼓の響きのみ。
続いて軍隊
山高帽を被ったLandammann(主席判事)及び行政関係者。この日は連邦政府の閣僚も一名加わっていました。
そして一般人。さすがに閣僚の周辺は軍隊関係者が多少固めていたでしょうが、一般人が自由に間に入ったり先導したり後方について歩いていました。Glarusの兵器庫を7時15分に出発し、ここまで2時間余り歩いてきたことになります。
そして十字架と旗手が先導する宗教関係者の列。こちらはGlarusの聖フリードリン(Fridolin)教会を出発して、兵器庫を出発した一隊とここSchneisingenで合流。
そして宗教関係の一団&一般人は草地の中の石碑の前で、当時の使節の手紙が朗読され、祈りが捧げられます。石のある所で兵士が亡くなったとか、そういうのだと思います。
これは3つ目の「石」。1番目、2番目のはもっと南にあったはずですが、私は今回は出遅れて間に合わず、3番目からの参加。
祈りの後は、次の「石」に向かいます。
4番目のは小路の脇にありました。
仮設の橋を渡った先、民家の敷地の中にある石。
石自体は道路のすぐそばにありましたが、皆が集まって祈りをささげるには私有地の中に入らなければならず、
何年か前には敷地、私有地の持ち主が石碑の一部を破壊!騒ぎになりました。石碑の横には1388と刻まれてありました。大勢が庭に入り込むと言っても一年に一回のことなんですけどね。
中には、一年に一度の大行列が自宅のすぐ横を通るのを誇りに感じ、こうした石碑を建てる家主もいます。この石碑のもっと巨大なのが、Nafelsの教会の近くにあり、レプリカをつくったわけです。(近頃は極右が集まる聖地になってしまってるようでもありますが)
行進は粛々と進みます。
草地を横切る所では、膝丈まである草が、多くの人が通るために踏まれて道が出来てます。
6番目の石の前で。行列が来る前に私が写真を撮った石の所まで戻ってきました。
スタート地点から参加する人もいるし、私のように途中から行列に参加する人もいますが、適当に列に入れます。
石碑の前での祈りの際に列が一旦ばらけますし、石碑の所で特に止まらずに進み続けることもできます。
写真は2026年4月9日

詳しいタイムスケジュール:https://www.gl.ch/public/upload/assets/64590/Programm%20N%C3%A4felser%20Fahrt%202026.pdf?fp=1



















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