スイスに最初に来た時に言われたのが、「スイスは武装中立国としてどこにも属さず一国で生き延びられるように準備をしている」「スイスのパンは不味い。一年備蓄しておいた去年の小麦粉を使用しており、有事の際に輸入が全部ストップしても一年間は食いつなげるようにしている」でした。
この「小麦を一年間寝かせて不味くしている」説ですが、スイス人の誰に聞いてもそんな話は知らないという。ではスイスのパンは不味いのか?結論から言うと、ここのパンには日本とは違う美味しさがある。それぞれの国がそれぞれのパンをそれぞれの方法で食べている。以上!
私も初めのうちはスイスのパンに慣れなくて、これが去年の小麦粉のなせる業か、と思ったりもしました。ところがですね、日本のパン、スイスのパン、バターたっぷりのフランスのクロワッサンはそれぞれ別物なのです。パン単独で食べるのだったらデニッシュパンでもカレーパンでも美味しく食べられるけど、おかずと一緒に食べるのだったらもっと淡白な味の方がいいでしょう。パンと一緒に食べるおかずが違ったらパンも変わります。イギリスやオーストラリアに行くと食パンが主流ですが、スイスでは日本で食べるあの食パンはパンの中の少数派です。トースターも無い家庭の方が多いよね。
売り場で主流なのは、塊のままの無骨なパンです。この味わいが今ではわかるようになった。美味しいのになるとパンくずでさえも小麦の味がする。でも日本のパンに慣れた舌にはガサツに感じるかも。パンの食べ方も違います。これはね、米と言えばリゾットかチャーハンしか知らない人が、お茶碗に盛った日本の白ご飯を初めて食べて、味がしない!と嘆くのに似ている、かもしれない。
日本でのパンの誉め言葉「ふわふわ」「ほんのり甘い」がここでは聞かれない。ちなみに日本での柔らかさの代名詞「ハイジの白パン」、スイスにはそのような名前のパンはありません。おととし公開された実写映画のハイジでは、ちゃんと重要アイテムとして出てきはしましたが、じゃあ今の食卓で柔らかければ柔らかいほど珍重されるかというとそうでもなく、中はともかく皮はしっかりと硬い方が好まれてるかも。なんでだろう?野菜は割と柔らかく煮溶かしてるのに。
去年の小麦を使っているとの説ですが、「国防のために粗食に甘んじる根性は今のスイスにない、もしそのくらいの気概があったらどんなに良いことか」と、あるスイス人は言いました。安い食料を求めて国境を越えて隣国に買い出しに行くし、スイス国内でもスーパーでは野菜も果物もスペインやイタリア産が幅を利かせてます。近頃では遠くケニアやエジプトからも空輸される始末。重要戦略食べ物の一つである砂糖の輸入自由化の動きもあるらしいし。そうなったら廃業だね、とスイスの砂糖ダイコン生産者は断言してます。砂糖に限らず太陽燦々で人件費の安いアルプス以南の国々にスイスの農業は太刀打ちできません。生乳の買取価格もどんどん下がっていて乳牛の飼育を止める農家も出てきていて、スイスのイメージの一つである草をはむ牛さんたちもいつまで見られるのか。とてもとても小麦を国防目的で、不味くなるのを承知で一年分ストックしているとは思えません。いや、それより一年くらいでそんなに味変わるのか?第二次世界大戦中は国境線が封鎖され(自ら封鎖した)、食料を自給せざるを得なくなったので、あらゆるところ、道端でもどこでもジャガイモを植え、チューリッヒのオペラ座の前の広場も敷石はがして農地にしたそうです。今もし有事になって、じゃ明日からパンと水で、全て配給制で生活してもらいます、と言われたら、スイスに住む人(スイス人とは限らず)の何割かは、それじゃ2~3年南洋の島で遊んできます!と言って逃げそう。ハイジなどに出てくる、粗食に耐えるスイス人というのは何歳以上の人なのかなあ。
大部分の人にとってパンが主食、だから色々な国や地域からの人がいる都市のスーパーに行くとその種類の多いこと!健康志向もあってか真っ白のパンより表皮や胚芽を残す全粒粉やライ麦で作った黒や茶色のパンを選ぶ人も多いです。中規模以上のスーパーでは店内で焼いたものを出してるし(生地は大量生産だとしても)。田舎に行くとその土地のパンしかなかったりする。たまにならそれでも大丈夫。
次回、パンが作られる里、麦畑の中を歩く道をご紹介します。